Archive for 8月, 2013

3月6日練習走行⑩

8月 31st, 2013 Posted in せんむ系, 筑波サーキット | 2 comments »

もう10回も書いちゃってスイマセン。余り続いてもあれなんで

今回で終わりにしよーと思います。最終回なので少し長くなるかも(^_^;)

抜針をしてからしばらく感染症の疑いで高熱が続き、隔離部屋に入室する事に

 

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容体は落ち着いているのですが相変わらずの睡眠障害、加えて高熱、何を取っても

入院と言うのはツライものですね。もうやる事と言えばテレビ鑑賞、何を見ても

つまらなくて、そんな時ムーミンがやっているのを発見(*_*)見ていると看護士さんが

笑ってる、聞くと「ムーミン見るとは思わなかった」ってそんなに合わないですかね。

やっぱねムーミン谷がほっとしますよ。んでムーミン谷はやっぱり異次元の世界って

言う事が判明したんです、入院しなきゃ分からなかったね(-。-)y-゜゜゜

熱も下がり感染症の疑いもなくなり一般の部屋へ戻る事に、個室が良かったけど

オレがいる病棟には個室が無く違う病棟へ移らなくてはならなかったので,また

新しい看護師さんは嫌だったので大部屋にしてもらいました。それでも気を使ってもらい

隣を1つ空けてくれました。ひろみも2日にいっぺん通ってくれてホントありがてー事です。

 

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大部屋に移ってからは車いすの乗降り練習を積極的にしてくれて、トイレも行けるように

してくれたり、シャワーも入れさせてくれたりと一気に進みました。でも久しぶりの

シャワーの時は愕然としましたよ体がヒョロヒョロのガリンガリン、まあ体重も64㎏から

54㎏に落ちてるんだから当然ですよね。そんで転院の話も急に決まり3日後の4/22日に

足利日赤へ移れる事になり、あんなに早く地元に帰りたかったのに寂しい気持ちにも

なりましたし、本当に筑波メディカルの看護士さんたちには励まされ、何より転院先で

極力不自由しない様にと対応してくれていたので転院した時は助かりました。

 

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メディカルで最後の撮影の時だったかな、ケガで動けない人がいたので「あの人も

大変だね」って言うと看護士さんが「いやいや、坂本さんの方が大変でしたよ、

本当に大怪我で一時は命も危なかった」と聞かされた時は何とも言えない気持ちでした。

転院当日は朝から慌ただしく、ひろみに部長、せなに部長の子供、まさみつまで

(せなとまさみつは何と4時間差で生まれたのです)来てくれてうれしくなっちゃって、

最後はメディカルの看護士さんたちとバシャリと1枚、記念ですね。

 

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日赤への転院は午後1時だったので、伸びきった髪の毛を切ってもらう事とやっぱ我が家ですね。

 

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髪は月曜日だったので床屋さんは休み、いつも行ってる床屋さんで担当している亀ちゃんに

電話で頼み家に来てもらうように段取りをしてありました。つっても車から降りられる訳が

ないので後ろのハッチを開けて強行です。その日は風も強くてせっかく引いたシートも

意味無し、車は毛だらけでも怒らんなかったよ。

 

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散髪も終わり猫と戯れてからいざ日赤へ転院してまた新しい環境に気持ちも落ち着かず数日は

ぎこちない感じでした。転院して2週間もすると車いすにも1人で乗降り出来る様になり

外出許可も出て、毎年5/4に友人たちとしているBBQにも参加出来ました。

 

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その時初めてノンアルコールビールを飲んだけど全然ビールと変わらなくて、病院に戻っても

ノンアルで晩酌する様になっちゃいましたよ。

入院生活も順調で、時折外出してはリフレッシュして

 

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時には怒りをぶちまける事もあったけど、先生や師長さんはじめ看護士、

リハスタッフに介護士の方々が柔軟に対応してくれて過ごしやすい環境を作ってくれ、

 

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ひろみは毎日、せなは時々、友人や会社関係の方々の励ましもあり、早く自立出来る様にと

必死でした。転院してから2か月が経ちようやく立ち上がる練習に入りさすがに視界が自分本来の

高さに来た時は感動もんでしたね。

 

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怪我してから半年はベット生活と言われたけども1か月ちょっとで車いすに乗れ、

2か月ちょっとで立てるまでなり、3か月半で退院出来た事は自分でも驚きです。

家族にはまだ早すぎると言われたけど、立ってしまえばやる事と言えば筋トレぐらいしか

する事もなく、仕事も心配だったし家に帰っても動き回らないと言う事で退院出来ました。

 

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と言っても自分で車も運転できる訳でもないし、杖をついてやっと動いている状態だったので

やたらに動き回る事が出来ないのは自分でも分かっていました。

 

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8/31現在は杖無でも随分とスムーズに歩けるようにまで回復しています、右足の神経障害は

依然と厳しく足首から先がうまく動かない状態ですが、骨折箇所の動きは悪くありません。

睡眠障害も少しずつは良くなっていますが、夜になると痛みが強くなり睡眠導入剤を飲んで

寝ている状態です。まだまだ、以前の体に戻すには時間が掛かりそうですが、日常生活や

無理のない範囲で会社の片づけ等して少しずつ負荷をかけて筋力作りに励んでいます。

 

長い愚痴に付き合って頂きありがとうございました。まだまだ書ききれず、伝えきれない事も

いっぱいありますが、とにかく関わって頂いたすべての方に感謝申し上げます。

今後ともよろしくお願いします(^.^)/~~~

3月6日練習走行⑨

8月 24th, 2013 Posted in せんむ系, 筑波サーキット | no comment »

骨盤手術も無事終わり一般病棟での生活が始まりました。

8人部屋でお隣さんが近い、んで結構入れ替わりが激しいんですよ。

オレはと言えば、まぁ相変わらず動けず天井を見る日々でまったく

身動きできませんでした。動く事が出来ないので周りの声や音に反応しやすく

憂鬱で仕方ありません。それまで気にも止めなかったのですが、入院してから

天井しか見てないんですよ、そしたら急に不安になっちゃって

「このまま起き上がれないんじゃないか」って、右足は相変わらずピクリとも

しないし、どんどん気になり始めちゃって・・・

向かいのおじさん、おじいちゃん?は独り言が多くて、夜な夜なパソコンで

フォトムービーを作っているらしくマウスのカチカチ音がやたら耳に残るし、

もうひとりのおじいちゃんは退院が近いらしく、ちょこちょこ動き回って志村けんの

ようなしゃべり方をして意外とおもしろかったり、おとなりさんは腕の大怪我で

来たようですが特に騒ぐ事もなく冷静な方のようで、オレの想像図はクマのような人だ

と勝手に思っていたり、救急で運ばれて来た埼玉の高校生はモトクロスライダーらしく

右足のかかとを折っていたけど地元で手術を受けるため転院先を見つけるがなかなか

見つからず2日いたような気がします。その間もう痛い痛いの連発ですげーうるさかった

のを覚えています。その頃、痛みを抑える薬を点滴から痛い時に自分でボタンを押すと

入るようになっていたのでバンバン押していて、眠れないのとあわせて

薬で幻覚を見るようになってしまい最初はベットが宙に浮く感じがしていて、翌日は

ベットで病室を飛び回り、そのうち病院内を飛び回る始末、病院がどんな建物でどんな通路を

しているか分からないのにね。日に日にエスカレートしてベットで桐生まで帰ってきたり、

自分家の猫と会話してたり、気づくと病室でカーテンに向かってしゃべっていたり精神的に

やばかったですよ。チンチンの掃除に排便、キズはふさがってるけど中に水が溜まるので

チューブが片側1本ずつ入っていてそれの違和感、オムツを交換する度に止めてある針に

かさって痛いし、

 

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もう本当に毎日が憂鬱で憂鬱でどーしょうもありませんでした。

手術から5日後あまりにも意味不明な事や落ち込んでいるのを見かねて看護士さんが先生に

お願いして、実に入院から14日目にして外へ連れて行ってくれる事になりました。

 

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14日が決して長いとは思いません、むしろ早い方だと思います。ただ、毎日外の空気を吸っていた

のが急に建物から出られないのはキツイんです。

んで、外へは車いすではなくグリーン車と言ってストレッチャーに近い乗り物です。

それでも病室から出られる事、外に行ける事、何とも言えない気持ちでうるっとしちゃいました。

少しは気も晴れたのもつかの間、今度は体が全然曲がらない事に苛立ち看護士さんが散歩に誘って

くれるのですが気が乗らず断ってばかり、自分で分かっていても抑えられない気持ちが出ちゃって

だんだん看護士さんの顔を見るのも嫌なほどでした。そんな中やっぱ嫁さんが来てくれる事が

一番の時間になり愚痴って甘えて凄く幸せなひと時なのでした。

手術から9日後の朝回診で抜針はいつしてもらえるか先生に尋ねたら「うーん今やっちゃいますか」

全然心の準備は出来ていないけど、断ったら先延ばしにされそうと勝手に思い込み「お願いします」で

準備が始まり、すげードキドキです。「なぜそんなに」と思うでしょうが、この少し前に1本だけ

何かの邪魔になるので抜かれた時に皮膚をちぎられるような痛みに、その後の消毒が焼けるようで

苦い思いがあったのです。そんな事があって気を張ってるとピッピッピッってちょっと尖った物で

つっつかれてる位にしか感じませんでした。ほんっとあっという間でしたね何でこんなに違うのか

尋ねると「あははー」で終わっちゃいましたよ・・・

 

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まぁこれで体に刺さっているのは点滴の針だけになったので気分的にもスッキリしました。

3月6日練習走行⑧

8月 20th, 2013 Posted in せんむ系, 筑波サーキット | no comment »

手首の手術も無事終わり、体も安定して来て2階のICUから3階の一般病棟に変わり

いよいよ骨盤の手術!

 

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階で看護士さんが入れ替わるので2階でやっと馴染めた人と

また変わると思うと憂鬱でした。(意外と人見知りなんですよ)

その前にやっぱ出すもん出さなきゃならない時が来て37年ぶりに赤ちゃんに帰りましたよ(ToT)

まぁこの作業が意外と大変で力が入らないからゆるくして・・・やめましょう。

何にしても看護士さんにはビックリさせられました。

「患者さんが苦しんでるんだからお手伝いさせてもらうのが当たり前です。」って、

 

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あの言葉でどんだけ救われた気持ちになったか計り知れませんです。

次の手術までの間も頭を洗ってくれたり、色々とお世話をして頂き感謝感謝。

嫁さんも子供の高校受験をしながらの行き来に頭が上がりません。

そんな中受験も終わり子供が病院に来てくれて何時もと変わらない態度でいてくれた事に

少し安心しました。

 

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数日が過ぎいよいよ手術です。

 

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予定では8時間の大手術、朝9時から開始と言う事で8時半頃

からワサワサして来て移動が始まり部屋へ移動、説明を受け「全身麻酔だから次に目が覚めた時は

終わってるから心配しないで安心して下さいね。足の重りも外れてスッキリしてますから、

はい、ゆーっくり息を吸って下さい」の言葉で意識は完全に無くなり目が覚めた時には

終わっていました。

 

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まだ麻酔が残っているのか特に痛みも激しくなくそのままICUへ移動、また

少し寝たのかはっきり覚えていないけど次にハッキリした時は喉がカラカラで水を飲みたいと

言いましたが、術後まだ2時間経っていないのでガーゼで湿らす程度でしかダメでした。

おふくろが付いていてくれたけど何もする事はないからホテルへ帰っていいと言って出て行くと

入れ違いで10代の頃お世話になったバイクの監督が様子を見に来てくれた事を覚えています。

手術後はまた3階の一般病棟に戻り術後の治療を行う事に、しかしここから抜針するまでが

かなりの苦痛になるとは思っていませんでした。

3月6日練習走行⑦

8月 17th, 2013 Posted in せんむ系, 筑波サーキット | no comment »

転倒から2日後、予定どおり手首の手術をする事となって準備が始まり

先生からは「骨折した所が細かく分かれているので順調に行って4時間くらい」と

聞かされてました。

 

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オレ自身手術は初めてでしたが、「しなきゃ治らない」と思い込んでいたので

変に緊張もなくスンナリと手術を受ける事が出来ました。ただ注射だけはダメで

注射される度に息を止める始末、しかも「ちょっと痛いですよ」何て言われると

全身に力が入ってしまう有り様で・・・

麻酔は右腕からの局部麻酔で意識は保ったままでの開始、本当に何も感じなく

時折、動かされてるなって感じで「すげー」って感心しちゃいましたよ。んで

何気なしに左に顔を動かすとレントゲンみたいな画像でグイグイやってるモニター発見!

先生たちが話している事と画像に映っている物が合致するのが凄かった(*_*)

そんな画像に釘付けになってる間に手術も終わりあっけない感じでした。

 

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術後もギブスは無し、包帯できつめに固定して経過を見る事に。

後のリハビリでギブスをしなかったのが早期回復につながってる事を日赤で手首を

担当してくれた松川さん、新藤さんから良い先生にしてもらえたと言われました。

その後手首は順調で骨盤の手術をする頃には包帯も厚みが変わり、自分でもこんなに

動くもんだと感心でした。

入院してから6日目にしてようやく骨盤の手術が15日の予定となった頃、ガマンしていた

便の方が限界に達して来てしまった。普段は快便になのでよく我慢した方かな、まぁ

食事もほとんど食べれなかったのもあるけど。んで自分なりに便の事は考えていて

看護士さんに聞くとやっぱ寝たままの排便・・・「まいった」

3月6日練習走行⑥

8月 7th, 2013 Posted in せんむ系, 筑波サーキット | no comment »

応急処置室からICUに移され家族に状況を説明されても、骨折してて

動けないぐらいにしか理解できなかった。

それでも、だんだん頭もハッキリしてきて自分の状況が分かってきました。

怪我の状況は、両足骨盤脱臼骨折、左大腿骨、背骨ヒビ、

右足神経障害、左手首粉砕骨折、肺挫傷と人生の中で大怪我を

してしまいました。

そして3月6日は2年前に筑波のライセンスを再取得した日でもあったのです。

 

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病室には色んな機械があって、まるでドラマのような風景ですが

自分の体に刺さっている針に管それに酸素「えらい事になってるな」

って思いながらも毅にブレーキが効かなかった事を伝えたいけど声が出ない。

何度か「確認して」と言って、ようやく伝わり毅もうなずきました。

しばらくして容体も安定してきたのか面会出来るようになり

大須賀さんが来てくれて「スンマセンまたマシンお願いします」

って言ったら「大丈夫ですよ」って何とも言えませんでした。

また、サーキットで知合いとても仲良くさせて頂いてる成田夫妻も

その日のうちに駆けつけて下さり、ろくに応対も出来ない俺に

一生懸命励まして頂きました。

その後も先生や看護士さんが慌ただしく部屋に訪れ容体のチェック、

先生に容体を聞くと、「危険な状態でしたが安定し来ました」と言われ

半信半疑で聞いていました。骨盤については肺の関係で何かが(謎)安定するまで

触れない事を伝えられ、「手首は」と聞くと「今強制的に元の位置に戻して

落ち着けば切らなくて済むかな」と言われたので即答で「やってください」

ってお願いしました。

 

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その時は何されても全体の苦しみから言えば全然楽でしたね。

先生がズレている手首を持ち元の位置まで何回か動かし、

だいぶ戻ったところで固定して様子を見る事に。

その日の夜は痛みもあったけど薬と疲れているせいか寝れたような気がします。

翌朝はもう頭もハッキリしていて一発目に思ったのが「ひでーな」次に

「まいったな」でした。

特に「まいったな」は仕事、子供の受験が2日後、週末の商工会議所沖縄視察と

大迷惑をかけてしまっている事でした、が、もう身動き取れませんからね(^_^;)

朝食も出ましたが食欲もなく考えた事が「トイレに行けないウ○コどーする」と

思っていると今度はティンティンに管をさしているので感染症にならないように

洗うと来ました。四の五の言えずオムツを剥がされジュニアが解放され手際よく

処理されるまでは良かったのですが、腰を上げてオムツを交換する時が大変で

足は吊るされてるし、動かすと骨盤がいてーし、言うまでもなく翌日から苦痛の

時間に変わりました。

手首の方はやはり固定していても無理があり8日に手術を予定していたので

変更なしで進める事になりました。

3月6日練習走行⑤

8月 3rd, 2013 Posted in せんむ系, 筑波サーキット | no comment »

筑波メディカルへ行くには救急車でも30~40分ほど掛かるようでした。

メディカルに向かう時は誰が居たのか分からないくらい痛みが激しく

路面の細かい段差でも眉毛を更にしかめる程でした。

途切れ途切れの記憶の中でしきりに足の位置を「変えて」と言った事と

交差点を曲がる時の遠心力が憎かった、それが病院に着くまでの最後の記憶です。

メディカルに着き処置室に運ばれて、うろ覚えでひろみにおふくろ、毅が

来ていたことが分かった。オレと言えばしきりに足の位置を言っていて

毅が動かすと看護士さんから触らないようにと叱られていたようです。

次に気づいた時は太ももにキーンとする痛みでした。見ると両ももに

3ミリ位のピンが貫通していて何が起きたのか分かりませんでした。

 

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やはり説明されたけどよく分からず、どうやら脱臼していた両足を機械で

引っ張って戻したようです。そんで戻した足がまた脱臼しないようにする為に

ピン入れたまま金具を取り付け片足1.5㎏の重りを付けられました。

なぜ戻らないようにしたのかと言うと、大腿骨を受け止める骨盤を両足とも

骨折して受け止める事が出来なかったから。

 

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3月6日練習走行④

8月 2nd, 2013 Posted in せんむ系, 筑波サーキット | no comment »

結局サーキット指定の病院へ搬送される事に、1人で行っていたので

岩崎君が気を使って美幸ちゃんを付き添わせてくれた。美幸ちゃんは

岩崎君の体の一部、走行には欠かせない人物なのに申し訳なかった・・・

搬送中も途切れ途切れだけど意識はあり、美幸ちゃんに「悪いね」と

言うと「大丈夫です。ひろみさんも向かってますから」って一生懸命

励ましてくれていました。そんな中病院で検査を受けるために革ツナギを

脱がなければならず、オフィシャルの方が「ツナギ切ってもいいですか」と

聞かれそのやり取りはよく覚えておらず、右手を差し出したのを覚えています。

 

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そこで右手を差し出した時に手首がズレている事に初めて気づき

オフィシャルに伝えると「あぁっ、いってるね」痛みが急に込み上げて来て

 

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後はどうやって検査したのかも分かりませんでした。検査の結果も出て

かなりひどい状態らしく、既に担架に乗ってて説明されるも

何だか言っている事が理解できない、美幸ちゃんも困っていて、よく聞き直すと

「ここじゃダメだから違う病院へ行く、それとも地元に掛かりつけの病院がありますか」

って聞かれていた。心が折れていたオレは即答で「地元の病院で」と伝えると県外に

出るのでは救急車は使えないので専用のタクシーを呼ぶから時間が掛かりますと

言われ待つ事に。

この待っている時間がとても長く感じだんだん痛みもガマン出来なくなってきて

誰に言ったか覚えてないんだけど、「ガマン出来ないんで近くの病院にして下さい」

て言うとすぐに動きが変わり、サーキットの救急車から本物の救急車に乗り替わり

筑波メディカルセンターへ向かう事に・・・